「音楽家に聴く」というコーナーは、普段舞台の上で音楽を奏でているプロの皆さんに舞台を下りて言葉で語ってもらうコーナーです。今回はドイツの名門オケ・ケルン放送管弦楽団オーボエ奏者でご活躍中の吉田智晴(ヨシダトモハル)さんをゲストにインタビューさせていただきます。「音楽留学をすること」をテーマにお話しを伺ってみたいと思います。
(インタビュー:2006年6月)
ー吉田智晴さんプロフィールー
吉田智晴さん
横浜生まれ。高校卒業後、渡独。ハンブルク国立音楽大学卒業。ヨエンスー市立管弦楽団、ヒルデスハイム市立歌劇場、ホーフ交響楽団を経て現在ケルン放送管弦楽団でオーボエ、イングリッシュホルン奏者。ケルン放送管弦楽団の木管五重奏団、ケルン放送交響楽団の木管八重奏団のメンバーとしても活躍中。これまでに小島葉子、河野剛、W.リーバーマン、R,ヘルヴィッヒ、I.ゴリツキ各氏に師事。
— ドイツでの簡単な履歴を教えてください。
吉田 ハンブルグ国立音楽大学で勉強しながらブレーメンのオーケストラで演奏させて頂きました。その間にドイツのオーケストラのオーディションをいろいろ受けてヒルデスハイム市立歌劇場に入団しました。ハノーバーの近くにあるものすごく小さなオーケストラです。1年位そこにいてその後バイエルンにあるホーフ交響楽団に入団しました、そこに4年間いまして、その後たまたま招待状を頂いたケルン放送管弦楽団に入りました。オーケストラを転々としていますね。
— 高校卒業してからすぐにドイツに行かれていますが日本で音大は受験しなかったのですか?
吉田 最初に京都芸大を受けました。ピアノを始めるのが遅くて東京芸大の試験を受けるのにはピアノの腕がおいつきませんでした。京都芸大は当時、ピアノの試験がものすごく簡単だったんです(笑)。今でもそうかは分からないですが(笑)。ただ単に受けに行ったので一次で落ちました(笑)。それで1年間浪人してピアノを練習して、次は東京芸大を受けようと思いました。東京芸大を受けるために1年間師事した当時の先生がドイツのデトモルトで勉強されたご経験がありました。先生はハンブルグのオーケストラでも吹いた事があって、その関係でハンブルグのオーボエ奏者をご存知だったんです。結局、芸大を受けてダメだった後に、ハンブルグの先生が日本に偶然来まして、じゃあ先生の前で吹いてみろ、ということで吹きましたら付いてこいということになり、その年の10月にハンブルグに行くことになりました。
— もともと海外に留学しようという思いはあったのですか?
吉田 あんまり考えてなかったですね。芸大に入れれば芸大にずっといたんじゃないかと思います。
— たまたまという事ですね。
吉田 たまたまですね。というか芸大がダメだった時に、以前そういう形でドイツに行かれた方がいらして、その話をうちの父親が聞いていましたので、「お前もそういう風にドイツに行けるんだったら行けばいいじゃないか」みたいな感じで後を押してくれました。僕は深く考えずに日本にいてもしょうがないと思い、2年目も浪人する気はなかったのでドイツ行きを決心しました。
— ドイツ語は勉強していましたか?
吉田 ドイツ行きが決まってから日本で少し勉強しました。でもやっぱりあまり役に立たなかったですね。ドイツに来て語学学校に行きましたけど、ドイツ人の音大友達と話しているうちにだんだん覚えていきました。僕の場合、日本で音大を出ていませんので、ドイツで基礎科目も取らなきゃいけなかったんです。そのおかげもあってドイツ語をどうしても勉強しなければいけない状況でしたので頑張りました。尻に火が点かないとやはりやらないですよね(笑)。
— やらざるを得ない時が一番やりますよね(笑)。
吉田 ドイツ語ができないと単位が取れないんで(笑)。
— 音楽に興味を持ったきっかけを教えて頂いてよろしいですか。
吉田 もともとブラスバンドでオーボエを始めたんです。
— 中学校ですか?
吉田 中学です。ブラスバンドがとてもうまかった学校で入学式の日に演奏してくれたんです。その演奏がものすごくうまくて、同じ中学生でなんでこんなにうまく出来るんだろうと思ったのがきっかけです。親父が高校の時にブラスバンドをやっていてその関係でフルートが家にありました。それでフルートをやろうと思っていたら、親父に「フルートはきっと人も多いだろう。オーボエというのはいい楽器だから、オーボエが学校にあるんだったらオーボエをやりなさい」と言われたんです。それでブラスバンドに入部した時にオーボエを希望したのですがやはり僕1人でした。トランペットやフルートはものすごい人が多かったですね。
— 小さい頃から音楽はやっていたのですか?
吉田 音楽を聴くのは好きでしたね。名曲アルバムなどをよく1人で聴いた記憶はあります。
— 子供の時からピアノを習っていたというわけではないんですね。
吉田 英才教育ではありませんでした。父親に連れられて小学生の頃、何回かクラシックの演奏会に行った記憶は今でもありますけど、先を考えてした行動ではなかったと思います。
— オーボエを中学校からやる人は珍しいですよね?
吉田 あまりいないのかもしれません。今考えると楽器の調節も無茶苦茶だったし、リード自体もとんでもないものだったから、音を出すこと自体が何かもうきついっていう記憶は未だに残っています。
— オーボエを教えてくれる方はいらしたのですか?
吉田 1歳年上の先輩しかいませんでした。女性の先輩で、その方自身もオーボエを吹いて1年になっていない訳です。悪条件で始めたので目眩がしましたからね(笑)。楽器も調整されてないしリードも悪いしきつかったですね。
— それがいまだに続いているんですからオーボエに取りつかれたんですね(笑)
吉田 そうですね。実は中学の時に、オーボエだと人数的に少ないので吹奏楽コンクールに出れませんでした。それでクラリネットだったらコンクールに出れるというので中学2年から1年半ぐらいクラリネットを吹いていたんです。クラリネットの方がオーボエに比べると音を出すこと自体はそれほど難しくなかったのでクラリネットが結構うまくなりました(笑)。コンクールが終わったらオーボエに戻ろうと思っていたんですけど、先生が「お前はクラリネットとして必要だ」と言ってくださいました。それで、そのままずるずるとクラリネットをやっていたんですが、高校に入ったのをきっかけにオーボエに戻りました。自分が本当にやりたい楽器はオーボエなんじゃないかと思ったんですね。楽器を持っていなかったので神奈川県青少年オーケストラという楽団に所属したらオーボエを借りられるということで青少年オーケストラに入りました。それがオーケストラを経験した最初です。そこで楽器をずっと使わせていただいて大学受験の時にオーボエをようやく買ったんですよね。
— それまではどうしていたのですか?
吉田 ずっと借り物でした。親としても本当にやるかどうか分からなかったと思いますから。
— もともとプロの音楽家としてやろうと思っていたわけではないですもんね。
吉田智晴さん
吉田 高校3年の時になるまで音楽大学は考えていませんでした。だから普通の大学を受験すると思っていたんです。でもよく考えてみたらもともと勉強が好きなほうじゃないし、自分には音楽しかないのかなと思うようになったんですね。
— ピアノはいつから始めたんですか?
吉田 高校3年の時です。
— 高校3年生ですか!
吉田 音楽大学を受験するにはピアノが必要という事になりました。高校のブラスバンドの先生がたまたまピアノも教えていらしたので、その先生にピアノを習い始めてそこで長音とか受験に付随する科目を習いました。
— 指は動くんですか?そのぐらいの年齢から始めても。
吉田 ものすごいスピードで練習しましたからね。何とか、何ヶ月かで弾けるようになりましたね。でも、小さい頃からやっていませんので1回ピアノをやめちゃうと全く弾けなくなっちゃいます。聴くのは好きですけど、弾くのは本当にあんまり好きじゃないんです(笑)。
— ところで、音楽を勉強するためにドイツの良い点、悪い点はありますか?
吉田 ドイツの音楽大学の場合は、例えばオーケストラでやりたい、音楽院などで音楽理論を教えたい、音楽を使ったセラピーを専門にしたい、など自分の目的がはっきりしている人にはすごくいいと思います。卒業する前に方向を決めるのではなく、学校に入る時点である程度自分の方向性を決めないといけないんです。悪い意味だと入ってからは軌道修正がしにくいんですね。これはドイツの小学校、中学校のシステムについても言えるんです。ある程度、目的意識を持っている人にとっては将来職業として必要とされるものがかなり集中してやれる環境ですので、そういう意味では無駄な事をしなくていいのでそのシステムはすごく僕はいいと思うんです。それに国立音楽大学に関して言えば授業料がないということは素晴らしい事だと思います。悪い点は自分が違うことやりたいと思った時に、その他の学科への編入がかなり難しいということでしょうね。
— そうですよね。
吉田 大学では学習環境がよく整備されていますし、教鞭を執っている方はいい先生が揃っています。例えばハノーファー音楽大学は練習室が数多くあります。自宅で練習して大きい音を出さなくても学校に行けば休日以外はほとんど開いていましたので、朝から晩まで練習していましたね。
— ドイツは法律で何時まで練習していいよと決められているんですよね?
吉田 夜は10時までです。
— オーボエの場合、部屋で練習すると近所からクレームはきましたか?
吉田 あんまりこなかったですね、オーボエの場合は。それほどうるさくないみたいです。
— 基本的に部屋の中で練習されている方が多いのですか?
吉田 部屋の中で練習できる楽器は、多分部屋で練習されていると思います。金管楽器ですとみんな学校に来て練習していますけれども。
— これからドイツに行きたい方にとって、最も重要と思われる事はなんでしょうか?
吉田 自分がどういう事をしたいかという事が明確に分かっていないと道を選ぶ上でも少し困難だと思います。例えば、どうしてもこの先生に付きたいという意識があるのでしたら、学校も決まってきます。漠然とドイツに行くと決めた場合、焦点を非常にしぼりにくい。人気のある先生のクラスに入りたいと思った場合は倍率がかなり高いです。しかし倍率の低い大学に入った場合は相当のデメリットが待ち構えています。ドイツに行きたいという理由だけで大学を選択した場合でも、多分運が良ければどこかしらの音大に入れるかも知れません。でもどうしてその音大の先生の弟子が少ないのか、どうしてその音大の受験倍率が低いのか、を考えてみた場合、答えが分かると思います。オーケストラが応募者に招待状を出す場合に、どこで勉強したか、どの先生に付いたかをよく見ます。その時にその楽器の権威とかいい弟子をたくさん出している先生に付いている事はある程度選択条件になります。もちろんいい先生でも、それほど名前の知られていない方はいらっしゃいます。ただネームバリューというのは選考の際、結構重く見られる場合が多いです。
— ドイツでオーケストラに入る場合、大学を卒業していないといけないのですか?
吉田 いや、それは全然ないです。学生が在学中にポンと入っちゃう人もたくさんいます。
— 実力が優先されるんですね。
吉田 当日オーディションで一番うまく吹けばいい訳で、根回しはあまり必要ないんじゃないかと思います。
— 実力だけで勝負できるという事ですよね。ドイツで音楽をやる上での良い点でもありますね。さてドイツでオーケストラやソロ活動をする場合、日本人が有利な点、不利な点はありますか?
吉田 不利な点はオーケストラのオーディションになかなか呼んでくれないことですね。ドイツの失業率はかなり高いですので、まずはドイツ人が優先されます。ただ現実的に最近の傾向としては、例えば音大などでもドイツ人の割合がすごく低いんです。
— そうなんですか。
吉田 ドイツの音楽大学は、いい先生がたくさんいて学費がいらない、などのことからロシア、韓国、中国からたくさんの学生が来ます。ドイツに来る方は基本的に音楽レベルの高い国でさらにある程度弾ける方が多いので、ドイツのペースでぬくぬくとやっているドイツ人だと最初から外国人と勝負にならないんです。先生としてはいい弟子を取りたいでしょうから、結果としてドイツ人の学生が減少しています。
— 感覚的に何%が外国人なんですか?
吉田 感覚的に言うと40%ぐらいになるんじゃないでしょうか。
— そんなに高いんですか!
吉田 高いと思います。最近学生さんと交流があってファゴットはケルン音大のレベルは高いんですけど外国人がやっぱり過半数です。それは僕の学生時代でも言えた事です。20人位いたんですけども、そのうちの半分以上は外国人でした。イタリア人、台湾人、イギリス人、オランダ人、日本人でしたね。
— オーケストラもそうですか?
吉田智晴さん
吉田 うちのオーケストラ(*ケルン放送管弦楽団)は15カ国、16カ国ぐらいの国籍ですね。ベルリンフィルでは今13〜15%ぐらいだと思います。ベルリンフィルは比較的ドイツ人が多いオーケストラだと思うんですけど、他のオーケストラになると、外国人の占める割合の方がドイツ人より多いというオーケストラはずいぶんありますね。
— そうなんですね。
吉田 妻はアメリカ人でホルンを吹いているのですが彼女もドイツに仕事をしに来た人間です。
— アメリカからですか?
吉田 そうです。アメリカは、オーケストラの1つのオーディションに300人ぐらい来ちゃう国じゃないですか。枠が狭くてレベルが高いし、金管楽器の場合非常に難しいですからね。アメリカにいたら就職する確率がものすごく低いので仕事をしにドイツに来たんです。
— そういう意味ではドイツの方が就職しやすいんですか?
吉田 そう思います。やはりこれほどプロのオーケストラが密集している国はヨーロッパの中にもありません。ですから受け皿が広い分、入れる確率も高いのではないかと思います。フランス、イギリスなどのヨーロッパ諸国に比べますとドイツでは外国人の枠が一番広いです。ドイツのオーケストラとしては外国人が入団する場合、ドイツ人の音楽家をとらなかった理由が必要らしいのです。役所に提出するのに会社ではどうしてこの外国人を採用したのかを言わないといけないそうです。ドイツ人の応募者の中で、自分たちの求めるレベルに達している者がいなかったという断り書きが必要なんですね。ですからドイツ人を最初に招待し、それで誰もいなければ外国人というように枠が広がっていくんですね。
— 分かりました。
吉田 例えば、うちのオケでもバイオリン、チェロなどで過去何ヶ月かにオーディションをやりましたけどドイツ人でまともに弾ける人は少ない。うまいな、と思うとやっぱり外国人だったりします。
— そういうものなんですか。
吉田 教育システム自体を見直していかなきゃいけないと思います。特に弦楽器だとある程度早くから始めないと難しいですよね。
— そうですね。
吉田 ドイツみたいに個人主義だと自分がやりたきゃやれ、みたいなところがあるので子供の時から叩き上げるという事はあまりしないと思うんですよね。でもそれをしないとやはり、特に弦楽器の人なんか育たない。ほんとにレベルアップを考えているならもっと早くから始めて行かないといけないですね。
— なるほど。
吉田 鉄は熱いうちに打たないと硬くなってしまいますから。
— ドイツはそういう状況なんですね。
吉田 もちろん僕一人の意見ですけど、ある程度的を得てると思います。僕も今年でドイツに21年目で、20年以上ここに住んで、自分の目で見て肌で感じてきたことやオーディションを見て思うんですけどドイツ人のレベルはちょっと….。ものすごくうまい方はいらっしゃるんですけれども平均して見るとやっぱり外国勢に押されているんじゃないかと思います。
— 意外ですね。
吉田 日本の相撲でも同じことだと思います。外国勢の方がかなり頑張ってらっしゃいますよね。外国人がドイツに残ろうと思った場合は、学生のままでいるか、就職して仕事を取る以外にここに居残る道がない訳です。そうするとやはり火事場のくそ力じゃないですけど、力を出すと思うんですよね。
— 分かりました。吉田さんにとってクラシック音楽とはどういうものですか?
吉田 クラシック音楽は人間が今まで創造してきた芸術の中でも一番頂上にあると思います。でもジャズもよく聴きますし、ジャズもすごいなって思いますよね。
— ジャズは演奏もするんですか?
吉田 ジャズはまだやってないですね。そのうちやりたいなと思うんですけど、ジャズのアプローチの仕方はクラシックとは全く違いますので。
— オーボエって、ジャズにそんなにないですよね。あるんですか?
吉田 ないですね。有名なのだとアメリカに「オレゴン」というバンドがあるんですけど、そこの人がサクスフォンと一緒にオーボエを吹きます。
— オーボエのジャズは聴いたことないのでいまいちイメージしにくいですね。
吉田 オーボエは音域もそんなに広くないし、ジャズの楽器としてはちょっとフレキシビリティに欠けているのかもしれないですね。やれない事はないと思いますけど。そのうち挑戦してみたいなと思います。オーケストラは長い間やっていますので室内楽なり、ジャズなり即興なんか出来たら本当に楽しいだろうなと思います。
— 今後はオーケストラより独自の活動も行うのですね。
吉田 オーケストラにいれば、音色なり自分のテクニックなりこれからもどんどんどんどん改善を進めて行くと思うんです。ただそれと平行して室内楽で求められるような音楽なり技術を磨いていくというのは、ここ5年10年の自分の目標ですね。
— 吉田さんはプロの演奏家としてドイツでご活躍されていますけれども、活躍できなくて日本に帰ってくる日本人もたくさんいると思うのです。実際に活躍できた条件や理由はあるとお考えですか?
吉田 もちろん運もものすごくあると思うんです。ただ運を掴むためには本人の努力なしでは不可能です。学校を選ぶ時に申し上げましたが目的意識、つまり自分が何をどういう風にしてどういう事をしたい、という事をはっきりと描いた時点で、これを現実化させるためには何をどういう風にしたらいいか、それに付随する細かい事をどこまでやれるかというのが、成功につながっていくと思うのです。
— なるほど。
吉田智晴さん
吉田 例えばオーケストラに入団したい場合、ある程度履歴、経歴が関係してきます。本当にオーケストラに入ろうと思った場合、この先生に付いた方がオーケストラに入れる、招待状なりもらえる確率が上がるとなった場合、倍率の高い音楽大学に入らないといけないという事で、その倍率の高い音大に入るためにはどうしたらいいか、どんどん遡っていくと今の時点で何ができるかというのが明確に見えてくる。漠然とうまくなろうというのはものすごく難しいと思うんです。実際に具体的に何をしたらいいんだろうとなって来た場合に自分の質というのがはっきり見えてくる。
— そういう事を考えないで大学に入った人が多いんですか?
吉田 僕なんかほとんど何も考えないで来ちゃったんですが(笑)。こちらに来てだんだんやってくうちに見えてきたところがありますよね。就職しなければという事で一足飛びに入れるオーケストラを考えましたし。ベルリンフィルなりバイエルン放送響なりすごくレベルの高いオーケストラにポンと入れる人はそれ程いないと思うんですよね。
— そうですよね。
吉田 僕みたいにごく普通の才能しか持っていない人間は下からどんどん積み重ねていく以外にないと思うんです。どこまで地道な努力を続けられるかということで人生が変わってくると思います。やはり積み木と一緒で、下のほうが地盤になります。建物と一緒だと思うんですけど、基盤がちゃんとしてないと、いくら高く上げようとしても崩れてしまう。やはり基本的なテクニックなりをしっかりとやるというのは急がば回れですね。無駄に思うような努力、例えばロングトーンなんかは、すごく単純で退屈な練習だと思うんですけども、逆に言うと1つの音をまっすぐ伸ばす、これ一番難しい事だと思うんですよね。正直言ってプロの中でもこれができる人ってあんまりいないんじゃないかと思いますね。
— そうなんですね。
吉田 厳密な意味でですよ。ものすごく厳密に1つの音を例えば10秒なり伸ばしたとして、それが本当にまっすぐ音を出すというのは多分あんまりできないと思うんです。よっぽどうまい人じゃないと。特に管楽器の場合は、息の流れがものすごく音のでこぼこに影響しますから音をまっすぐ出すのは難しいです。ここ何年かで僕も気がついたんですけど、これほど難しい事はないなと思いました。そこを飛ばして指が早く回るとか、技巧ができるとかあんまり意味がないんじゃないかと思います。
— 技巧的なところばかり目がいって基本がなくなっているんですね。
吉田 僕も学生だった時はそういう傾向ありましたから。周りにテクニック的にものすごく華のある人を見ちゃうと、やっぱり指が早く動くのはすごいな、と。テクニックを持っているという事はもちろん大きな利点になると思いますが、実際にオーケストラで要求される事は、テクニックよりも如何にしていい音を出すか、短いフレーズの中でどれだけの事を凝縮して表現できるかという点におかれますね。そうしますとやはり、音色の大切さがものすごく重要になってくると思います。
— 今後プロを目指す方は、そこの部分をきっちり仕上げて行った方がいいわけですね。
吉田 そうですね。皆さん焦る気持ちや早くうまくなりたいと思う気持ちも良く分かりますが、天才と言われている人以外は基本的な技術をなるべく時間をかけてマスターしていく事が逆に近道なんじゃないかと思います。
— 海外で実際に勉強したいと考えている読者にアドバイスがあれば、今の条件も含めてお願いしてよろしいですか。
吉田 何度も言いますがやはり自分が何をしたいかを明確に自分の中で描くべきなんじゃないかと思います。それを持たずにはその先に進めないような気がします。ただ単にアメリカに行きたいとか、イタリア、フランスで勉強したいなど、そういう事もモチベーションとしては悪くはないと思うんですが、留学後の事を考えるとやはりそれなりのリスクもある程度ありますので、その先の身の振り方をある程度考えて行動した方がいいと思います。最近は音大の外国人の占める割合が高くなってきたという事で、例えば外国人の入れる年齢制限が引かれたり外国人枠も出てきています。入学時にドイツ語の試験がある学校も増えてきています。だんだん入り口が狭くなって来ていますから、それこそきっちり考えて行動された方がいいと思います。
— ありがとうございました。