「音楽家に聴く」というコーナーは、普段舞台の上で音楽を奏でているプロの皆さんに舞台を下りて言葉で語ってもらうコーナーです。今回イギリス・ロンドンでピアニストとしてご活躍中の根岸由起(ネギシユキ)さんをゲストにインタビューさせていただきます。「音楽留学」をテーマにお話しを伺ってみたいと思います。
(インタビュー:2009年11月)
ー根岸由起さんプロフィールー
根岸由起さん
1977年東京生まれ。父親の転勤により5歳から12歳半までニューヨーク在住。10歳からジュリアード音楽院プレ・カレッジに名誉奨学生として在籍。桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部卒業後、アムステルダム音楽院オランダ国家演奏家資格取得、英国王立音楽大学にて、Postgraduate Diploma in Advanced Performanceおよび同大学修士課程を主席で卒業し、その後、アーティスト・ディプロマを修了。第7回ジュネス・ミュジカル国際音楽コンクール第2位など多数の受賞歴がある。これまでに阿部美果子、ヤン・マリス・ハウジング、ルース・ナーイ、田崎悦子、故園田高弘、故イリーナ・ザリツカヤ女史、ドミニク・メルレ、マレイ・ペライア等に師事。ヨーロッパ、アメリカなどで年間30-40回の演奏会を行う。2008年に初のCDをリリースし、BBCプレゼンターのアンドリュー・グリーン氏との対話・演奏形式でDVDをリリース。2010年には第1回サセックス州国際ピアノコンクール(イギリス)で世界的なピアニスト・アルトゥール・ピサロ氏、英国王立音大ピアノ科主任ラタルシュ氏などと審査員を務める予定。ブリュートナー・レジデント講師、ブリュートナー・アーティスト。ロンドン在住。
-最初に簡単なご経歴を教えてください。
根岸 5歳から12歳まで、父親の仕事の関係でNYに住んでいまして、5歳のときに日本人の先生からピアノを習い始めました。10歳から、週1回ジュリアード音楽院のプレカレッジに名誉奨学生として2年間通いました。12歳半で日本に帰国しまして、桐朋学園高校、同大学を卒業しました。そして卒業と同時に、オランダのアムステルダム音楽院に入学し、3年間在籍しました。その後、ロンドンへ移り、王立音楽大学修士課程とアーティストディプロマを取得し、今に至ってます。
-いろいろな所に住まれていたんですね。音楽に興味を持ったきっかけは、ジュリアードのプレカレッジですか?
イギリスで販売中の根岸由起さんのCD
根岸 もちろん、同じ頃に五嶋みどりさんやサラ・チャンさんなど、現在第一線で活躍されている方もいらっしゃったので、そういう刺激はジュリアードでたくさんありましたが、それ以前に父母の影響が大きいですね。プロではないのですが、両親が音楽好きで、常に音楽が流れている環境でしたし、母が歌を歌ってくれたりしまして。そういうところから、私も音感が良くて、ピアノをやっていたんです。NYにいたときには、身近に音楽がありましたから。父親が、リンカーンセンターやカーネギーホールとかで開かれるコンサートに連れて行ってくれたり、子供用のコンサートやイブニングコンサートに、家族4人で出かけたりしていました。ですから、ある意味幸運ですよね、小さい頃から良い音楽に触れる機会が多かったというのは。海外の一流の音楽家の演奏を聴けましたからね。そして、当時あこがれていた、一流の演奏家の皆さんが住んでいたのがロンドンだったんです。なので、漠然とではありましたが、ロンドンに住みたいなというのが、子どもの頃からの夢だったんです。
-子どもの頃からの夢を叶えられたんですね。
根岸 縁があったんでしょうね。でもやっぱり嬉しいですし、毎日楽しいです。
-アメリカはジャズなども盛んな国なのに、クラシックを選ばれたのは、やはりご両親の影響ですか?
根岸 そうですね、うちはジャズに縁がなくて。NYには、ブルーノートという有名なジャズバーがあるのですが、子どもでしたから、夜が遅いこともあって聴きに行かなかったんですよね。なので、ジャズという音楽は知らなかったです。今思えば、平日通っていた現地の学校が、音楽が盛んだったので、その影響も大きかったと思います。クラスでミュージカルや発表会があったりしたので、日本の音楽の授業のように、勉強という感覚がなかったんですね。「音楽は楽しい」という感覚が、幸い、その後につながったんじゃないかなという気がしますね。
-日本の音楽の勉強っていうと、「四分音符は~・・・」とかですものね。
根岸 やはり、アメリカはミュージカルや映画の国ですから、そういう意味では、ジャズ以上にそちらの音楽のほうが身近にありましたね。
-では、留学先でオランダを選ばれた理由は何だったんですか?
根岸 大学3年生の夏に、夏期講習に参加したのですが、それがオランダの音楽祭だったんです。そこに行ったきっかけは、各国からいろいろな名教授が集まっていたということでした。私も留学を視野に入れていましたから、どの先生に習おうか、という選択肢が多かったので、そこを選んだんです。そこで意気投合したのがオランダの先生だったというわけです。全く決めて行ったわけではなかったですし、他にも著名な先生がいらしたんですけど、その先生が、そのときの私にぴったり合った方でした。そして「では、ぜひ翌年からオランダへいらっしゃい」と言っていただいて。それから1年くらい留学準備をして渡航しました。
イタリアでリサイタル
-ピッタリの先生に出会うというのも縁ですね。
根岸 はい。決めるときも、そんなに悩まずにパパっと決めてしまったんです。そのときの若さというか、勢いというか(笑)。あと、オランダは英語が通じますからね。オランダ語もあるのですが、すごく難しいですし、オランダ人も英語を話してくれるので、私としては「英語で話せる国」っていうのだけでも魅力的だったんです。他の語学を勉強してはいても、やはり気が進まなかったので(笑)。
-オランダは、お店などでも英語なんですか?
根岸 オランダ語なんですけど、外見がどうしても日本人なので、英語で話してくれましたね。オランダ人は、そういうところが柔軟なんですよ。
-では、オランダという国を選んだというより、先生を選ばれたということなんですね。
根岸 先生ですね。基本的に、音楽とオランダが結びついていなかったですからね。オーケストラとかが素晴らしいのは知っていましたけど、そんなに身近ではなかったので・・・。
ピアニスト・アルトゥール・ピサロ氏と
-オランダの学校はどんな雰囲気ですか?実践が強いのでしょうか、学術的なのでしょうか?
根岸 オランダって、ロマン派の作曲家がいないんですよね。現代ものが著出しているんですけど、ある意味、ピアノは特別強いっていう感じではありませんでした。ただ、ドイツや北欧、インドネシアやメキシコなど世界中から学生が集まっていまして、学校のカラーというよりは、そういうインターナショナルな雰囲気がありましたね。よく来日されるブロン先生という先生がいらしたので、日本からも留学生が来てましたし。ジャズもありましたので、自由な雰囲気でしたよ。ピアノやバイオリンは、学術や実践が強いというわけではなくて、それぞれの先生のクラスで成り立っていたって感じですね、。
-最近オランダへ留学を希望される方が多いので、どんな感じなのかお聞きしたくて。
根岸 素晴らしいところですよ。コンセルトヘボウという、オーケストラもホールも素晴らしいですし。すぐ目と鼻の先にそれがあったので、わたしは、練習の後に出かけたりしてました。あと穏やかで、住みやすい国ですよね。
-留学が初めてという方でも行きやすいですか?
根岸 そうですね、英語も通じますし、人が親切で治安もいいし、街も素敵で住みやすいですよ。ロンドンみたいに大きい街でもないし。私の経験からなのかもしれませんが、次へ行くためのステップアップの場所っていうイメージもあります。
-さて、オランダを経て、イギリスに移られたわけですが、それはやはり夢だったからですか?
根岸 アムステルダムからロンドンは距離も近いですし、アムステルダムに留学していたのは、まだ20代前半でしたから、もう少し勉強したいという気持ちがありました。夏期講習も毎年参加していたんですけど、3年目の夏期講習で、ロシア人の先生で、ショパンをすごく素敵に演奏される方がいらして、その先生がロンドンで教えられているということを知ったんです。その当時、先生ももちろん大事でしたけど、住む場所も大事に考えていましたから、その先生と出会ったとき、「あ、ロンドンだ!」と。これは行くしかないいう感じで飛びつきました。しかし、私が王立音大を受験した年に、その先生が心不全で亡くなられてしまったんですよ。これが初の留学経験だったら、たぶん動揺して日本に帰ってたかもしれないですね。でも、私の場合は、ロンドンに住みたいという気持ちがありましたし、学校も決まっていたので、移ることにしました。なので、先生に習いに行くというより、ロンドンに行く、学校に行くという目的で行きましたね。
-では、師事する先生は、渡航してから決められたのですか?
室内楽の仲間と
根岸 そうです。大学の主任が、亡くなられた先生の生徒を集めて話し合い、振り分けたんですけど、私は新入生だったので、代わりに入られた新しい先生につく形になりました、その方はオーストラリア人でしたが、長年イギリスで教えられていた経験豊かな方でした。息も合いまして、在学中はずっとその先生についていました。
-先生との相性は大事ですよね。
根岸 何を求めるかによりますが、私の場合は、ピアノを極めたいというか、勉強したいという気持ちがありましたので、学校も大事ですが、先生との個人レッスンが一番の核となりますから、重要ですね。
-そう考えると、本当に先生に恵まれてらっしゃいますね。
根岸 そうですね。私の場合は、合わない先生は初めから興味がなくなってしまうので(笑)。留学先を決めるにも、この先生とは合う!と強く思わないと、決められなかったと思いますよ。
-先生との相性が分からないと、留学先も決められないということですね。
根岸 ええ。今の時代、どこにでも行くことが出来ますよね、特に日本は選択肢がありすぎて、何で決めるかといえば、音楽の場合は先生になるんでしょうね。研究だったらその研究内容や教授によるんでしょうけど。
-さて、今現在はロンドンでどんな活動をされているんですか?
根岸 3年前に卒業しまして、そのまま居続けているのですが、ピアノの場合は、オーケストラに入ることが出来ませんので、ピアノを教えることが生活の基盤となっています。今、18人生徒を持っているのですが、それが限度ですね。演奏活動したいので、とにかく練習時間や移動時間を工面しながら、演奏の機会を作っているという感じです。
-生徒さんはイギリス人が主ですか?
根岸 半分は、日本人の大人の方ですね。ロンドンには日本企業もたくさん入っていますので。これも縁なのですが、ネットワークの広い方と出会いまして、その方を通して日本人の生徒さんとたくさん出会うことができました。あとの半分は、現地の子どもとか、ドイツ人やオランダ人ですね。国際都市の象徴という感じですね。
イギリスで一番古く大きいバーン
-楽しそうですね!
根岸 そうですね、和気あいあいとやっていますよ。でも、割り切って、深入りしないでやっています。本業は演奏と考えていますから。
-なるほど
根岸 これも出会いだったんですけど、学生の頃とにかく演奏の機会を持ちたくて、ロンドンの教会のランチタイムコンサートで演奏していたんです。そのとき、あるドイツのピアノメーカーのイギリス支店の方に出会ったんです。そして、卒業と同時に、生徒さんの紹介や、演奏会の紹介、CDリリースなどのお世話になるようになりました。半分エージェントのような感じです。そこを通して演奏会の機会を持たせていただいてます。
-本当に素敵な出会いに恵まれてらっしゃるんですね。
根岸 次から次へつながっていくというのは、縁ですよね。人生おもいしろいなと思いますね。ロンドンの素晴らしいところは、トップの現役の演奏家が住んでいますから、エージェントからの情報が多いんですよ。オーケストラやホールもたくさんありますし、機会も多いです。ショパンコンクールとか大きなコンクール以外にも、小さなオーディションも多いです。ピアノのエージェントを通してつながると、さらに広くつながるというか。
-人脈が大事なのですね。
根岸 本当にそうですね。才能や経歴があれば良い、という時代ではなくなってきたんでしょうね。人との出会いを大事にして、礼儀を尽くすということが出来ない人は、演奏が上手でも嫌われていきますからね。あと、日本は肩書きや経歴を重視しますが、他の国では関係なかったりすることもありますからね。もちろん、国際的なコンクールも素晴らしいですが、今はそれも世界中でたくさんあって、1位の人もたくさんいるわけでしょう。クラシック業界は飽和状態なんですよね。だから、インターネットも発達していますけど、トップの方でもブログを書いていらしたりして、いかに情報を発信するか、になってきましたよね。だから、「私はこんな経歴がある!才能がある!」と気取っていても何にもならないですから。周りのイギリス人を見ていても、情報の発信が上手だから演奏の機会が多いという人ってたくさんいますよ。
葉加瀬太郎氏Vnのロンドン公演で
-なるほど。では、仕事をするに当たって、日本人が有利だなと思う点や不利だと思う点は?
根岸 信頼度が高いという点では日本人がトップですよね。金銭感覚もそうですし、何か頼んだ場合でも、必ずそれをやり遂げるという確実性が信頼につながっているんでしょうね。それはよく言われます。不利な点としては、受身がちという傾向があるかもしれないですね。あと、私の場合は、幸い語学で苦労はしていないですが、語学って本当に大事だなと思います。いくらコンクールで優勝しても、自分から積極的にいろいろなところにコンタクトを取ったりしないと、実際やっていけないですから、それには語学はどうしても必要ですね。
-言葉が通じる人と通じない人とだったら、やはり通じる人のほうが採られるということでしょうか。
根岸 もちろん演奏の内容が大事なのでしょうけど、表現に対する積極性ですね。英語がペラペラじゃなくても、やる気を見せて、意思疎通を図ろうとすればいいと思います。つまり、受身ではなく積極的にということですね。
-日本人は、間違えたら恥ずかしいということを気にして、消極的になりますものね。
根岸 そうですね。でも、最近周りの日本人の方々を見ると、皆さんたくましく生きてらっしゃいますよ。慣れもあるのでしょうが、度胸がついてくるのでしょうかね。日本にいても、積極的に出て行かないと、芸の世界は限られた人しか出来ませんので、積極性は必要でしょうから、それは世界共通でしょうね。
-よく、留学を希望される方に、「言葉が分からなくてもどうにかなりますよね?」と言われますが、結局帰ってくると「言葉が分からないことが悔しかった」という感想が一番多いんですよ。言葉が分からないことにより、消極的になってしまったというか。
根岸 分かります。私自身もそうなんですよ。英語はともかく、ドイツ語やフランス語は苦手なので、そこには留学しなかったというのもありますし。無意識に避けてたかもしれませんね。
-ドイツ語やフランス語は勉強されていたんですか?
根岸 大学では習っていたのですが、やはり英語が身についていましたので、ついついそちらに流れていったというか・・・(笑)。フランスやドイツに行ったとき、ちょっとした会話は出来るのですが、込み入った話は分からないですからね。それを今から勉強するかと考えると、ちょっと気が遠くなりますね(笑)。
-難しいですものね。
根岸 友人でドイツやフランスに留学して、長年暮らしている人たちを見ると、本当に尊敬しますね。
-でも、根岸さんは、何かあってもプラスに変えたり、偶然をチャンスに変えていく力はすごく強いと感じたのですが。
イギリスで発売されているDVD
根岸 それは、アメリカで育ったという特性なのかもしれません。アメリカの学校では、「間違ってもいいからとにかく手を上げろ」という教育でしたので。日本や他の国だったら、答えが確実に分かっていないとい手を上げないという雰囲気があるかもしれないですが、アメリカ人は口が達者で目立ちたがり屋なので(笑)。
-日本人は間違えることが恥ずかしいんですよね。アメリカ人は積極的ですものね。
根岸 くだらないことを話しても説得力があればいいんですよ、アメリカという国は(笑)。
-そういう積極性は、やはり大事なんですね。
根岸 最終的に、表現したいものや意欲が強ければ強いほど、世の中を渡っていくときに強いと思います。アメリカ人だけでなく、いろいろな国の方を見ていてそう思いますね。先生に言われて、それを受身でとらえているだけでは、それっきりですから。自分で試してみたり、断られるのが前提でも、いろいろなところににコンタクトを取ってみたりするのが大事なんだと思います。
-一度断られると消極的になってしまうということもありますよね。
根岸 それもあるかもしれませんね。日本人は良い意味でも悪い意味でも、真面目ですからね。
-自分から出て行く力がないとダメなんですね。
根岸 日本ではどうか分かりませんが、ロンドンという街ではそうですね。今年で9年目になるんですけど、今でもそう思います。
-そういうのが活躍の条件なのかもしれませんね。
根岸 やはり、大切なのは実力なのでしょうけど、実力がある人は、本当にたくさんいますから。その中で少しでも秀でるためにはどうするか、そういうことを考える力が大事なのかなと思います。
-人間力が大事なんですね。実力もありつつ、人間としても素晴らしい方というのが成功するのでしょうね。
根岸 全てにおいて秀でているというより、個性があるというか、それが強ければ強いほどいいんじゃないかなと思います。生まれ持ったものもありますけど、ある程度は成長していく中で身につくものもあると思います。
スコットランドで雄鹿狩り
-どうしても日本の方は、「この学校じゃなきゃダメ、有名だから」とか言ってしまいがちですが、自分で何が重要か見極めることが大事なんですね。
根岸 そうですね。業界の方の話を耳にすると、クラシックの名曲CDなんて出尽くしちゃっているんですよね。この時代、足りないものってないんですよ。だから、自分の出来ることを探したほうが、むしろ個性につながるんじゃないかと思います。演奏会のプログラムひとつでもそうです。有名な作曲家の曲を演奏するのも素晴らしいことですが、その中に新しい作曲家の曲を入れてみるとか、ちょっとテーマ性を入れてみるとか、工夫をしたほうが受けますね。それと、壇上でお話することも、お客様から受けがいいですよ。
-ただ上手であることより、少しでも自分らしさを持っていたほうがいいんですね。
根岸 今は、ほとんどそれが必要なんだと思います。特に、イギリスはビートルズなどのロックスターが出たり、とにかく芸能人が好きな国なので、エンターテイメント性を求める傾向があるかもしれません。ドイツとかならバッハやベートーベンを完璧に弾いてもらいたい、という傾向があるかもしれませんが・・・。イギリスは、アメリカよりも、英語という言葉が文化なんですね。演劇・舞台も充実していますし、そういう背景があるので、ただ演奏するだけでなく、そのほかの要素を求められるのかもしれません。
ヒーバー城にてリサイタル
-ちなみに、アメリカ英語とイギリス英語の違いなどは感じましたか?
根岸 はい。実はそれ興味がありまして、日ごろから笑い話として情報を集めているんですよ! やはり、まずは発音が違います。アメリカは丸い感じの発音なのですが、ヨーロッパの人はアメリカ英語をバカにするんですよ。18歳のとき、初めて講習会でヨーロッパに行ったのですが、みんなに「アメリカ帰りか?」って言われましたね。そのときは「何で、そんなにいちいち言うのかな?」って思ってたんですけど。10年くらい経った今では、アメリカ人に「イギリス英語になってきたね」って言われるんです。でも、今でもイギリス人にはアメリカに住んでた?って聞かれるんですけどね(笑)。舞台を観に行って思うのですが、発音って大きいんですよ。アメリカ英語で、シェイクスピアとかを演じられても違和感があるんです。それを、少しだけカドをつけたイギリス英語でやるだけで、しっくりくるんですよ。
-それは、おもしろいですね!
根岸 それが表面的な違いなんですけど、言い回しもけっこう違いますね。同じ意味でも言い方が違うとか、地下鉄とかズボンとか、そういう単語も違いますし。やはり、ちょっとした違いはありますね。通じないことはないんですけど、それ何?みたいな事はありますね。それと、言葉ではないのですが、ここで育ってないから分からないということももちろんあります。中学高校時代に流行った歌とかジョークとか。これはしょうがないですけど。
-日本人は知っていても、外国の人は知らないことなどは多いですよね。
根岸 私も帰国子女ですけど、日本語の言葉遣いがすごく変だといわれましたね、小さい頃日本で育っていないので、かしこまった感じでしゃべっていたようです。
-私は、短期でアメリカに行ったことがあるんですけど、話す言葉があまりに硬すぎるようで、逆に伝わらないこともありました(笑)。こちらもスラングが分からなかったですし。
根岸 私も今の日本語分かりませんよ! ネットでニュースを見るのですが、「アラサー」とか「アラフォー」とか、何だこれ?みたいな(笑)。あとで調べて分かったんですけど。
-言葉はどんどん作られていきますからね。さて、ここで、難しい質問なのですが、クラシック音楽は根岸さんにとって、どういう存在ですか?
根岸 子どもの頃から身近にありましたし、大げさですが、私にとっては人生そのものですね。語学のお話をしましたが、もうひとつの「音楽語」という感じで、表現の手段の一つです。感情や経験、すべてが表現できるもので、自分自身から切り離せないものですね。あと、もう少し大きな意味で言うと、人類が残している素晴らしいもののひとつだと思います。バレエ、絵画、小説、映画、建築などに匹敵するというか、それ以上に残していくべきものだと思います。伝統文化であり、流行で消えていくものではないですから。
-今の音楽の多くが消えていってしまう中で、クラシックは残っていくし、残すべきですね。
根岸 どんな国のどんな人種でも、心を動かす力があると思います。不景気の中、戦争の中、テロの中、災害の中でも、音楽ってやはり人々を救う力あると思うんです。希望を与える力や、癒す力もあると。
英国王立音大の卒業式
-では最後に、海外で勉強したいと考えている方へ、アドバイスをお願いします。
根岸 やはり、積極的にいくということと、目的意識を持つということが大事ですね。夢は大きく、目的意識を持ってほしいです。現実的な話をすれば、自分に合ういい先生を見つけましょうとかになりますが、それにしても、まずは「自分はこういう演奏家になりたい」という信念が根になりますから。その信念に従って講習会に参加してみたり、旅に出てみたりしてほしいですね。あとは、語学を少しは身に着けておくと楽だと思いますよ。
-目的意識や目標がないと最後にぶれてしまいますもんね。
根岸 そして、何をやるにも、自分が楽しむという姿勢が一番ですよ。
-そうですね。本日は素晴らしいお話とアドバイスをありがとうございました!